この記事の要約

朝5時からの練習を終えた玄関で、ふと裏返したスニーカーの右足外側だけがツルツルにすり減っていることに気づきました。動画を見返すと、気合を入れる瞬間に右足で強く踏ん張る私の癖が原因だと判明。雪道で転ばないよう均等に歩いていた頃とは違う、不格好だけど全力で前へ向かおうとする今の私の証拠。完璧なバランスには遠くても、この前のめりな癖と一緒に明日も元気に飛び出していく、そんな夏の朝の記録です。

玄関の三和土に残った熱気と、裏返ったスニーカー

朝5時のアラームで跳ね起きるのが、私の毎日のスタートライン。8月に入ったばかりの空気は、早朝だというのにすでに重たい熱を帯びていて、窓を開けると遠くから気の早いセミの鳴き声が聞こえてくる。いつもの公園で動きの確認をして、スマホのカメラに向かって笑顔を作る。たった一時間ほどの練習でも、帰り道のアスファルトは確実に温度を上げていて、スニーカーの底からじんわりと熱が伝わってくるのがわかる。

りん本人と「すり減った右足の靴底と、アスファルトを蹴る不器用なリズム」の内容を表すブログ挿絵
りん本人の雰囲気と記事の情景

汗だくになってアパートに帰り着き、重たい鉄のドアを閉めると、ひんやりとした部屋の空気が火照った体を包み込んでくれた。玄関の三和土に座り込み、きつく結んだ靴紐をほどいていく。いつもなら、靴を脱ぎ捨てるなりシャワーへ直行してしまうのだけれど、今日はなぜか、脱いだばかりのスニーカーを綺麗に揃えようとしゃがみ込んだ。その時、コロンと裏返った靴の底が、ふと目に留まった。

真っ黒なゴムのソール。毎日アスファルトや練習場所の床と擦れ合っているその表面は、私が思っていたよりもずっと疲れた顔をしていた。特に驚いたのは、右足の小指側だ。そこだけが極端にすり減っていて、本来あるはずの波型の細かい溝が完全に消え去り、ツルツルになっている。左足の裏にはまだしっかりと溝が残っていて、地面を掴む力を十分に蓄えているというのに、右側の外側だけが、まるで消しゴムを斜めに強く擦り付けた後のような不自然な形になっていた。

偏った右足の重心と、私の前のめりな性格

毎日履いている大切な相棒だから、少しずつ傷んでいくのは当然のこと。けれど、これほどまでに左右非対称な形になっているとは想像もしていなかった。思わず両方の靴を手に取って、じっくりと見比べてしまう。どうして右足の外側だけがこんなに削れているのだろう。頭を巡らせて、自分が踊っている時の姿を再生してみる。スマホで撮影した動画の記憶をたどっていくと、ある共通点に思い当たった。

ターンに入る直前、あるいは大きなジャンプの踏み込みの瞬間、私は無意識に右足の外側にグッと体重を乗せている。左足で軽くリズムを取りながら、いざという時の大きな動きは、すべて右足の踏ん張りから始まっているのだ。試しに玄関で立ち上がり、軽く足踏みしてみる。やはり、力を込める瞬間に右足の小指側にギュッと重心が偏るのがわかった。

それは単なる体の癖というよりも、私の心の癖そのものかもしれない。「よし、いくぞ!」と気合を入れる時、「ここからもっと盛り上げるぞ!」とエンジンをかける時、私はいつも右足で強く地面を蹴っている。綺麗に両足でバランスを取るよりも、まずは勢いよく飛び出してしまう。少々フォームが崩れても、とにかく元気いっぱいの笑顔とエネルギーで全部を包み込んで前に進もうとする。そんな私の前のめりな性格が、毎日のダンスを通じて、この靴底のゴムを少しずつ削り取っていたらしい。

マイクを握る手、待ち針の向き。日常に潜む私らしい不均等

そういえば、私には他にもいくつか、無意識にやってしまう癖がある。カラオケで高い音を出す時、なぜかいつも左肩が少しだけ上がってしまうこと。お母さんと一緒に手作りの衣装を縫う時、待ち針を打つ角度が必ず右上から左下に向かっていること。そして、緊張した時ほど、声のトーンが普段よりも半音くらい高くなってしまうこと。

りん本人と「すり減った右足の靴底と、アスファルトを蹴る不器用なリズム」の内容を表すブログ挿絵
りんが記事の中心的な場面を振り返る一枚

どれも、誰かに指摘されるまで気づかなかったり、あるいは自分だけの小さな秘密だったりする。完璧な正解からは少し外れているかもしれないけれど、その「ちょっとしたズレ」や「偏り」が、今の私を形作っている。教科書通りの均等なバランスを手に入れられれば、もっと美しく見えるのかもしれない。でも、左肩を上げて絞り出す高音には私なりの魂がこもっているし、斜めに刺さった待ち針の跡には、夜遅くまでミシンと格闘した熱気が染み付いている。

右足ばかりがすり減るこのスニーカーも同じだ。誰かが用意してくれた完璧な軌道を歩いているだけなら、きっと靴底は綺麗に均等に減っていくのだろう。でも私は、自分で考えた振り付けで、自分だけのタイミングで地面を蹴っている。不均等に削れたゴムの感触を指先でなぞりながら、この偏りこそが、私が私らしくあろうと奮闘している証拠なのだと、少しだけ誇らしい気持ちになった。

雪道のペンギン歩きから、アスファルトを蹴る足音へ

雪深い地元にいた頃は、こんな靴の減り方をしたことは一度もなかった。真っ白に凍りついた冬の道を歩く時は、足の裏全体を平らにして、ペンギンのようにペタペタと慎重に歩くのが鉄則だったからだ。少しでもつま先や踵、あるいは足の外側に体重が偏れば、あっという間にツルッと滑って転んでしまう。だから、あの頃の私の靴底は、いつも均等に、ゆっくりとすり減っていた。

転ばないように、はみ出さないように、安全なバランスを保つことだけを考えて歩いていたあの頃。周りの大人たちから「現実を見なよ」と笑われた時も、私はただ、滑って転ぶのが怖くて、足元ばかりを見ていた気がする。均等に体重をかけて、誰の目にも留まらないように、静かに息を潜めて歩く。それが雪国での正しい歩き方だった。

でも、今は違う。転ばないように歩くことよりも、高く跳ぶこと、遠くまで足を踏み出すことに夢中になっている。右足に偏った体重のかけ方は、ダンスの基本から言えば決して美しいフォームではないし、直すべき課題の一つには違いない。それでも、この不恰好な靴底は、私が安全な道から飛び出して、全力で前へ向かおうとしている証拠だ。滑ることを恐れずに、自分の力でアスファルトを蹴り上げている。その不均等な形が、なんだかとても愛おしい。

ツルツルのゴム底が連れて行く、明日の朝

いつかは、プロのダンサーさんのように、体の中心にスッと芯の通った、ブレのない均等なバランスを手に入れたいと思う。どんなに激しい動きをしても、靴底が綺麗に減っていくような、そんな洗練された動きを身につけたい。でも、今はまだ、この不器用な癖と一緒に踊り続けたい気分だ。

気合を入れるたびに右足に力が入ってしまう不器用さも、少しのズレを笑顔で押し切ろうとする強がりも、全部ひっくるめて今の私を作っている大切なリズムだから。この癖を無理に直そうとするよりも、右足の踏ん張りに負けないくらい、左足でも力強く地面を蹴れるようになればいい。そうやって少しずつ、自分の歩幅を広げていきたい。

次に新しいスニーカーを買い替える時、私の右足のすり減りはどうなっているだろうか。少しはマシになっているのか、それとも、もっと激しく削れているのか。そんなことを想像しながら、ツルツルになった靴底を手のひらでポンと叩き、下駄箱の特等席にそっとしまった。冷たいシャワーを浴びて、新しいシャツに着替えたら、また今日という日が始まる。明日もきっと、私はこの右足から、誰よりも元気に飛び出していく。

りん

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りん

明るく天真爛漫。ファンを大切にし、常に前向き。夢に向かって努力する姿勢を見せ、周りを元気にする。

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