この記事の要約
手芸屋さんで衣装の材料を探していたとき、店員さんに「ひまわりみたいだから」とオレンジ色のリボンを勧められました。本当は深いブルーに惹かれていたのに、嬉しくてつい「これにします!」と笑ってしまった今日。帰り道で少しだけ後悔しながらも、誰かの期待に応えようとする自分の癖と向き合い、次こそは本当の気持ちを伝えようと思えた一日の出来事です。
ひまわり色の提案と、反射的な笑顔
午後3時。少しだけ日差しが傾き始めた時間帯の手芸屋さんは、どこか懐かしいホコリと布の匂いがします。壁一面に天井まで届くほど並べられた色とりどりのリボンやレースを前に、私はすっかり時間を忘れて立ち尽くしていました。指先でサテンのツルツルとした滑らかな感触を確かめたり、少しざらっとした手触りのオーガンジーを光に透かして引っ張ってみたり。お母さんと一緒に作る次のお洋服の飾りにどうかな、どんな風に揺れるかな、と想像を膨らませるこの時間は、一日の中でも大好きなひとときです。

あれこれと棚の前を行ったり来たりして悩んでいると、品出しをしていた店員のおばちゃんがニコニコしながら話しかけてくれました。「お姉ちゃん、さっきからずっと楽しそうね。笑顔がひまわりみたいに明るいから、絶対このオレンジが似合うわよ!」。そう言って私の目の前に差し出されたのは、パッと目を引くような、太陽の光を集めたみたいな鮮やかなビタミンカラーでした。
私はその「ひまわりみたい」という言葉がなんだか照れくさくて、そしてすごく嬉しくて、胸の奥がきゅっと温かくなりました。どんな時でも元気で明るくいること、それは私がずっと大切にしてきた宝物だからです。「わあ、ほんとですか!じゃあこれにします!」。気がつけば、私は元気いっぱいの声でそう答え、お財布から小銭を取り出していました。おばちゃんも「やっぱり似合うわねえ、舞台の上でも映えるわよ」と目を細めてくれて、その場の空気はとてもぽかぽかとしたものだったのです。
紙袋の中でカサカサと鳴る違和感
お店を出て、夕暮れ時の商店街を歩き始めました。お惣菜屋さんの甘辛いコロッケの匂いや、下校中の学生たちの笑い声、自転車がカラカラと通り過ぎる音に包まれながら歩いていると、手提げ袋の中でオレンジ色のリボンがカサカサと小さな音を立てました。その音を聞きながら、私の心の中には「あれ?」という不思議な感情が、水面に浮かぶ泡のようにぽつりと湧き上がってきたのです。
実は今日、お店に入ってから私が一番長く見つめていたのは、深い海の底のような、あるいは夜明け前の空のようなダークブルーの生地だったのです。大人っぽくて、少しだけ背伸びしたようなその色に、今日はなんだかすごく惹かれていました。毎日全力で前を向いて走っているからこそ、たまにはそういう静かな色に包まれて、少しだけ立ち止まってみたい気分だったのかもしれません。
それなのに、どうしてあの時「こっちのブルーも気になってるんです」って言えなかったんだろう。歩幅を合わせるように、そんな疑問が頭の中をぐるぐると回り始めました。おばちゃんの優しい言葉を遮って自分の意見を言うのが申し訳なかったのか、それとも誰かが抱いてくれた「明るい私」というイメージを崩してしまうのが怖かったのか。夕日に照らされて長く伸びる自分の影を見つめながら、うまく言葉にできなかったあの瞬間の自分の反応を、ひとつひとつ丁寧にほどいていきました。
期待に応えたい、わたしの小さな癖
考えながら歩いているうちに、ひとつの答えにたどり着きました。きっと私は、「明るいね」「元気だね」と言ってもらえることが、何よりも嬉しいんだと思います。昔から、私の笑顔を見て誰かが喜んでくれるのが大好きで、だからこそ、そのイメージにぴったりなオレンジ色を勧められたとき、無意識のうちに「その期待に応えなきゃ!」と体が勝手に動いてしまったのでしょう。

誰かの好意を全身で受け止めて、笑顔で返す。それは決して悪いことではなくて、私らしい素直な反応だったと今は思えます。どんなに悔しいことがあっても「笑ってる人のところに夢は来る」と信じて踏ん張ってきた私にとって、笑顔は一番の武器であり、心を守るお守りでもあります。だから、あの場で「ひまわりみたい」と言ってくれたおばちゃんに最高の笑顔を向けた自分を、否定するつもりはまったくありません。
でも、いつも太陽みたいにキラキラしていなくても、たまには静かなブルーに惹かれる日だってあるのです。その曖昧な気持ちや、ちょっとだけ違う自分を隠さずに言葉にすることは、もしかすると、もっと自分を深く知るための第一歩なのかもしれません。笑顔のままで、「実はいま、こっちの色も好きなんです」と言えたなら、きっともっと素敵なやりとりができたはず。そんな風に思うと、なんだか少しだけ心が軽くなりました。
明日の朝、もう一度あの場所へ
家に帰って、テーブルの上に買ってきたオレンジ色のリボンを広げてみました。蛍光灯の光の下で見れば見るほど、パッと周りを明るくしてくれる元気な色で、これはこれで次のお洋服のアクセントにぴったり合いそうです。お母さんに電話で報告したら、きっと「あなたらしくていいじゃない!ステージで映えそうね」って、電話の向こうで笑ってくれる姿が目に浮かびます。
でも、明日の朝、いつものように5時に起きて朝のストレッチと発声練習を終えたら、もう一度あの手芸屋さんに行ってみようかなと思っています。「昨日のオレンジも素敵だったんですけど、やっぱりこのブルーも忘れられなくて!」。今度こそ、とびきりの笑顔で、自分の本当の気持ちを伝えてみるつもりです。
うまく言葉にできなかった今日の自分の不器用さも、まるごと抱きしめて。明日はちょっとだけ胸を張って、新しい色を手に取る自分に出会えるような気がしています。窓の外はすっかり暗くなりましたが、明日への楽しみがまたひとつ増えた、そんな穏やかな夜の始まりです。
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