この記事の要約
普段なら選ばないアッシュブルーのマスカラに挑戦した日の記録です。鏡に映る涼しげな目元にちぐはぐさを覚えつつも、すぐには落とさずにそのまま一日を過ごしてみることにしました。似合うかどうか即断せず、好きか嫌いか分からない「迷い」の時間をあえて楽しむ様子を綴ります。
鏡の中で出会った、少しだけ冷たい色
まだ街の音もまばらな早朝。毎朝5時に起きて、少しぬるめの白湯をゆっくりと飲み干すのが私の変わらないルーティンです。窓の外はほんのりと明るくなり始めたばかりで、夏の終わりの少し湿った空気が網戸越しに流れ込んできます。静かな部屋の中でメイクポーチを広げる時間は、私にとって一日を元気いっぱいに駆け抜けるためのスイッチを入れる大切な儀式。いつもなら迷わず、顔周りをパッと明るくしてくれる元気なオレンジブラウンや、瞳をぱっちり大きく見せてくれる王道のブラックのマスカラを手に取ります。けれど今朝、私の指先が触れたのは、昨日のお仕事帰りに思い切って買ったばかりのアッシュブルーのボトルでした。SNSで「透明感が出る」「儚げな目元になれる」と話題になっているのを目にして、自分にもこんな大人っぽい色が似合うようになるかもしれないと、少し背伸びをして選んだ一本です。キャップを回して引き抜くと、細かいシルバーのラメが朝の淡い光を反射して、控えめにキラキラと瞬いていました。

息をそっと止めて、手元が狂わないように慎重にまつ毛の先へ色を乗せていきます。ダマにならないよう丁寧にコームでとかしてから顔を上げると、鏡の中にいる私がなんだかいつもと違う表情をしていました。頬のチークもリップもいつもと同じなのに、目元だけがスッと涼しげで、どこかちぐはぐな印象を受けます。それはまるで、故郷である北海道の雪降る冬の朝を思い出すような、ピンと張り詰めた冷たい色でした。ずっと憧れていた「透明感」を手に入れたはずなのに、それが自分の顔に乗っていると不思議なほどしっくりきません。何度も瞬きを繰り返してみても、そこにはアンバランスな私がいました。
すぐに答えを出さなくても
「やっぱり、いつもの色に塗り直そうかな」と、洗面台の端に置いたメイク落としのボトルへ自然と手が伸びかけました。私のチャームポイントは、飾らない笑顔と親しみやすさです。画面の向こうにいるファンのみんなも、きっといつもの温かみのある雰囲気や、コロコロと変わる表情を待ってくれているはず。それに、母が夜なべしてチクチクと縫ってくれた色鮮やかな手作り衣装の数々を思い浮かべると、この大人びた寒色は少し浮いてしまうような気もします。今の私には、この洗練された色はまだ早すぎるのかもしれない。そんな弱気が、胸の奥でチクリと音を立てました。
けれど、コットンを一枚つまみ上げたところで、ふと動きを止めました。せっかく勇気を出して新しい世界に踏み出そうとしたのに、ほんの数分で白紙に戻してしまうのはもったいない気がしたのです。「笑ってる人のところに夢は来る」という母の言葉が頭をよぎります。失敗を恐れていつもの安全な道を選ぶよりも、この慣れない色をつけて一日を過ごし、最後には笑い飛ばせるくらいになれたら、それはそれで楽しい経験になるはず。似合わないと即断して逃げるのではなく、この違和感ごと今日という一日を丸ごと過ごしてみよう。そう決意して、私はいつもより少しだけ背筋を伸ばし、お気に入りのスニーカーの紐をきゅっと結んで部屋の扉を開けました。
違和感を連れて歩く一日
外の熱気を帯びた風に吹かれたり、移動の電車内でふと窓ガラスに映る自分を見つめたり。今日という一日を通して、私は何度も自分の顔と向き合うことになりました。駅前の賑やかな交差点を歩いているとき、容赦なく降り注ぐ8月の太陽の光の下では、意外とシルバーのラメが綺麗に反射して、悪くないかもしれないと思う瞬間がありました。伏し目になったときにチラリと光る青い影が、なんだか少しだけ自分を大人にしてくれたような気がして、無意識のうちに足取りが軽くなるのを感じます。

その一方で、立ち寄ったカフェの少し暗い照明の下でスマホのインカメラを開くと、やっぱり目元だけが青白く浮いているような気がして、急に落ち着かなくなる瞬間もありました。向かいの席に座る人から変だと思われていないだろうか。すれ違う人の視線が、私のアンバランスなまつ毛に向いているような気がしてソワソワします。自信を持てたり、急に不安になったり。たった一つの新しいメイク道具が、私の心を一日中あっちこっちへと揺さぶり続けていました。
好きか嫌いか、自分に本当に似合っているのかどうか。夕方になっても、まだはっきりと答えは出せません。でも、この「どうなんだろう?」と心が揺らぐ感覚自体が、なんだか新鮮で面白く感じられてきました。白黒はっきりさせずに、グレーのまま保留にしておく。普段なら「とりあえずやってみる!合わなければ次!」と勢いよく進んでしまう私にとって、こうやって答えの出ないままじっくり迷う時間は、とても珍しい贅沢な体験でした。新しいことに挑戦したとき、すぐに結果を求めなくてもいい。迷っているその過程さえも、今の私の一部なのだと思えるようになったのです。
未完成なグラデーションの途中で
夜になり、一日の活動を終えて洗面台の鏡の前へ戻ってきました。朝のひんやりとした冷たさは少し抜け、一日一緒に過ごしたアッシュブルーの目元は、ほんの少しだけ私の顔に馴染んでくれたような気がします。汗をかいて少しよれてしまったメイクの跡も、なんだか頑張った勲章のようで愛おしく思えました。それでも、明日もこれを塗るかと自分自身に問いかけてみると、たぶんいつものオレンジブラウンを選ぶと答えるでしょう。まだ完全に自分のものにできたとは言えない、もどかしい距離感がそこにはしっかりと残っています。
このマスカラが私の定番アイテムになる日は、ずっと来ないかもしれません。逆に、来週にはすっかりお気に入りになって、毎日のように塗っている可能性だってあります。どちらに転ぶか分からない、そのグラデーションの途中にいる未完成な自分を、今日はもう少しだけ楽しんでみようと思います。ポーチの端っこにそっと収めた冷たい色のボトルは、明日も私に小さなワクワクと、心地よい迷いを届けてくれるはずです。いつかこの色が似合う私になれる日まで、焦らずにゆっくりと歩いていきます。
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