この記事の要約
朝の身支度の最後、お気に入りのネイビーのキャップを被るとき、私は必ずつばを両手で少しだけ内側に曲げます。流行りの真っ直ぐなつばも素敵だけれど、自分の手でアーチ状に整えたこの形が一番しっくりくるのです。まぶしい夏の日差しを遮りながら、余計な景色を隠して「進むべき道」だけを見せてくれる頼もしい相棒。公園でSNS用の写真を撮りながら、自分なりの「好き」を信じて進むことの大切さについて考えた、真夏の朝の出来事です。
指先で整える、私だけの小さなアーチ
朝のダンス練習を終えてシャワーを浴び、鏡の前で今日の服を選ぶ時間。この瞬間が、一日の中で一番頭を空っぽにできる大好きなひとときです。クローゼットには、母と一緒にミシンを踏んで作ったフリルたっぷりの衣装や、色鮮やかなワンピースが並んでいますが、今日の気分はもっと身軽でボーイッシュなスタイル。オーバーサイズの白いTシャツにデニムを合わせ、最後に手に取ったのは、使い込まれたネイビーのキャップでした。

被る前に必ずやってしまう、私だけの癖があります。それは、キャップのつばの両端を両手でしっかりと握り、少しだけ内側に向かって曲げること。お店に並んでいるようなフラットなつばもスタイリッシュでかっこいいけれど、私はどうしても、自分の顔の輪郭に沿うようなアーチ状のカーブを作ってしまいます。指先に力を込めると、厚手のキャンバス生地がわずかに抵抗しながらも、私の手のひらの形に合わせて素直に曲がってくれる感覚がたまりません。
買ったばかりの頃は生地が硬くて、何度曲げてもすぐに真っ直ぐに戻ってしまっていました。でも、毎日のように被り、その度に手で包み込んでいるうちに、今ではすっかり私の癖を覚えてくれたようです。ネイビーの生地は少しだけ色落ちして、フロントに入っている白いロゴの刺繍もほんのり生成り色に馴染んできました。この絶妙なカーブが決まると、自分の中にカチッとスイッチが入るような気がします。朝5時から全力で動いて少し疲れた体も、「よし、今日もいける!」と無条件に前を向けるから不思議です。
洋服のコーディネートに合わせていろんな帽子を持っていますが、結局はこのネイビーのキャップに戻ってきてしまいます。自分の手で育てた形だからこそ、頭に乗せたときの安心感が全然違うのです。綺麗に整えられた完成品よりも、こうして自分の手で少しだけ手を加えたものに惹かれてしまうのは、不器用ながらも手探りで夢を追いかけている今の私自身と、どこか似ている気がするからです。
まぶしさを遮る影と、まっすぐに伸びる視界
玄関のドアを開けると、8月特有の力強い太陽が容赦なく照りつけてきました。足元のアスファルトからは熱気が立ち上り、遠くで響くセミの大合唱が夏のど真ん中であることを教えてくれます。思わず目を細めそうになるほどのまぶしさですが、さっき指先で整えたばかりのキャップのつばが、ちょうどいい具合に直射日光を遮ってくれました。目の前に落ちる小さな影のおかげで、顔をしかめることなく、どこまでも高く広がる夏の青空をしっかり見上げることができます。
つばを曲げたことで、視界の左右が少しだけ切り取られるこの感覚。実は、私にとってすごく大切なものです。余計な情報が視界の端から消えて、今自分が向かっている道だけがまっすぐ前に伸びているように感じられるからです。トップアイドルになるという大きな夢に向かって走っていると、時々、周りの景色が広すぎて迷子になりそうになることがあります。SNSを開けばすごい才能を持った人たちがたくさんいて、自分には何もないんじゃないかと足がすくみそうになる瞬間だって、ゼロではありません。
そんなとき、このキャップが作ってくれる狭い視界が、「今は前だけ見ていれば大丈夫だよ」と教えてくれているような気がするのです。16歳の頃、札幌でのオーディションに落ちて目の前が真っ暗になったときもそうでした。広すぎる世界を見るのをやめて、自分の足元だけを見て、毎朝のダンス練習という「今できること」だけに集中したからこそ、今の私があります。キャップのつばが作る小さな影は、あの頃のがむしゃらな集中力をいつでも呼び覚ましてくれる、頼もしい相棒なのです。
歩きながら、ふと通りすがりのショーウィンドウに映った自分の姿を確認しました。少し深めに被った帽子から覗く笑顔は、なんだかいつもより堂々として見えます。誰かに褒められたわけでも、特別なステージに立っているわけでもないのに、自分のお気に入りの形を身につけているだけで、こんなにも心の中が晴れ渡る。好きなものがくれるパワーって、本当に偉大だなと実感しながら、私はお気に入りのスニーカーで軽快にステップを踏みました。
レンズの向こう側に届けたい、一番明るい光
公園の木陰を見つけてベンチに座り、SNSにアップするための写真を撮ることにしました。ここで気をつけないといけないのが、キャップの影です。普通にカメラを構えると、つばの影で顔の上半分が暗くなってしまい、せっかくの笑顔がどんよりと沈んで見えてしまいます。だから、あごを少し上げたり、太陽の位置を確認しながらスマホの角度をミリ単位で微調整したりして、一番きれいに光が入るポイントを探します。私がSNSの写真を撮るときに大切にしている、小さな約束事があります。

- つばの影に表情を隠さず、光を味方につけること
- 背伸びしたクールな顔より、一番元気な笑顔を選ぶこと
- 写真を待ってくれている人へ、前向きな言葉を添えること
何度もシャッターを切りながら、画面の中の自分と睨めっこ。地方の小さな町から発信し続けてきた私を見つけてくれて、「元気をもらったよ」と声をかけてくれるファンのみんな。画面の向こうで待ってくれている人たちが、私の写真を見て「今日も一日頑張ろう」って、少しでも明るい気持ちになってくれたら、それ以上の喜びはありません。
スマホを高く掲げ、木漏れ日がちょうど顔に当たる角度を見つけました。キャップのつばの隙間から差し込んだ夏の光が、頬のあたりでキラッと反射します。「笑ってる人のところに夢は来る」。ずっと信じ続けてきた母の言葉を、そのまま写真に閉じ込めたような、とびきりの一枚が撮れました。加工アプリで色味をいじる必要なんてない、太陽の光と私の笑顔だけのシンプルな写真です。
「今日も暑いけど、一緒に駆け抜けようね!」という短い言葉を添えて、アップロードのボタンを押します。数分も経たないうちに、たくさんの反応や温かいコメントが届き始めました。「そのキャップ似合ってる!」「笑顔を見て元気出た!」という言葉の数々が、私の手のひらの中で振動となって伝わってきます。物理的な距離は遠く離れていても、こうして同じ時間を共有し、お互いにパワーを送り合える。この瞬間があるから、私は何度でも笑顔になれるのです。
小さなこだわりが作ってくれる、私らしい歩幅
帰り道、歩きながらもう一度キャップのつばに触れてみました。私の指先が覚えているこのカーブは、きっと他の誰にも真似できない、私だけの形です。世の中にはたくさんの正解があって、流行りのスタイルや、効率のいいやり方が溢れています。でも、完璧な正解なんてない世界で、こうやって自分なりの「好き」や「しっくりくる感覚」を信じていくことが、夢に近づくための、遠回りに見えて一番の近道なのかもしれません。
これからも、時には迷ったり、立ち止ったりすることがあるはずです。思い通りに踊れなくて悔し涙を流す日も、自分の現在地に焦りを感じる夜もあるでしょう。でも、そんなときはまた鏡の前に立って、この使い込んだネイビーのキャップを被り、両手でギュッとつばを曲げてみようと思います。そうすれば、余計な景色は遮られ、目指すべきまっすぐな道だけが視界に飛び込んでくるはずだから。
空には、ソフトクリームみたいな入道雲がモクモクと広がっています。明日もきっと、とびきり暑い夏の日になるでしょう。でも、私にはこの頼もしい相棒がいるから大丈夫。帽子を目深に被り直し、お気に入りのダンスナンバーのイントロを頭の中で鳴らしながら、私はまた太陽の下へと駆け出していきました。少しだけ曲がったキャップのつばの向こうには、どこまでも青く、澄み切った空が広がっています。
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