この記事の要約

7月の蒸し暑い夜、昔書きかけていたプラグインのコードを見返した日の出来事。そこには、当時の自分が使う人のことを想像して悩んだメモがたくさん残されていました。今ならすぐに完成させられるけれど、あえてその不格好な迷いを残しておきたいと感じた理由。完璧に整えられたものには表れない、途中のまま置いてあるからこそ残る感情の体温について考えた夜の内省です。

画面の隅で眠っていた、数ヶ月前の小さな迷い

7月も半ばを過ぎると、夜になっても気温が下がらず、網戸越しに入ってくる風には夏の湿り気がたっぷりと含まれている。遠くから聞こえる虫の音も、どこか暑さを引きずっているように重たい。そんな蒸し暑さを避けるように、エアコンの効いた部屋でよく冷えた麦茶を飲みながら、パソコンのフォルダを整理していた。特に急ぎの用事があったわけではなく、ただなんとなく昔のファイルを開いては閉じるという、あてのない作業。過去の自分が残したデータ群を眺めていると、まるで古いアルバムをめくっているような不思議な感覚になる。その中でふと、数ヶ月前に趣味で書きかけていたFigmaプラグインのソースコードに目が留まった。

ゆうと本人と「コメントアウトに残した緑色の迷いと、未完成のまま置いておく夜」の内容を表すブログ挿絵
ゆうと本人の雰囲気と記事の情景

ファイルを開くと、ダークテーマに設定されたエディタの画面に、カラフルな文字列が規則正しく並んでいる。赤、青、黄色と色分けされたコードの海の中に、スラッシュ二つで始まる緑色の文字がいくつも点在していた。それは、プログラムの実際の動作には影響を与えない「コメントアウト」と呼ばれるメモ書き。そこには、「ここのアニメーションは少し遅すぎるかも」「使う人が急かされていると感じないか確認」「このボタンの配置、本当にこれでいい?」といった、当時の僕の独り言のような言葉が残されていた。まるで、過去の自分が画面の向こうから話しかけてきているようだ。

それは、誰かに見せる意図のない、完全に自分だけの思考の跡。今振り返ると、少し不格好で回りくどい書き方をしている部分も多いし、技術的にもっと洗練されたアプローチを取ることもできる。今の僕なら、この迷いをすべて消し去って、もっとスマートなコードに書き直し、すぐに最後まで仕上げてしまうことができるはずだ。でも、キーボードに伸ばした指は、なぜかバックスペースキーを押すことをためらっていた。この不揃いな緑色の文字たちを消して、綺麗に動く状態にしてしまうのが、なんだか少し惜しいような気がしたんだよね。それは単なる面倒くささではなく、もっと根本的な、自分の感情の深い部分に触れるようなためらいだった。

綺麗に整えられた成果物には残らない体温

なぜ惜しいと感じたのか。それはきっと、この未完成のファイルの中に、当時の僕が「これを使う人はどう感じるだろう」と一生懸命に想像して悩んだ痕跡が、生々しく保存されていたからだと思う。完成された美しいデザインや、バグ一つなく動くプログラムは、たしかに素晴らしい。僕自身もプロのデザイナーとして、日々そういったものを目指して仕事をしているし、使いやすさを追求することにはやりがいを感じている。でも、そこに至るまでの迷いや、何度も書き直した試行錯誤の熱量は、最終的な成果物からはきれいに消え去ってしまうことが多いんだ。綺麗な表面の裏側には、泥臭い葛藤がたくさん隠れている。

ゆうと本人と「コメントアウトに残した緑色の迷いと、未完成のまま置いておく夜」の内容を表すブログ挿絵
ゆうとが記事の中心的な場面を振り返る一枚

ふと、世田谷の実家で見た光景を思い出した。グラフィックデザイナーだった父の机の上には、いつも何枚ものトレーシングペーパーが重なっていた。最終的に世に出るポスターやパッケージには決して印刷されることのない、鉛筆の擦れた跡や、消しゴムで何度も消しては描き直した跡。そして、小学校の教師だった母が、夜遅くまでチョークの粉を手に付けながら作っていた、手書きの授業用プリントの切り貼り。どちらも、完成品だけを見れば気づかないような、小さな試行錯誤の連続だった。

子供の頃の僕には、それがただの「作業の途中」にしか見えなかったし、完成した綺麗なポスターや、印刷されたまっさらなプリントのほうが価値があると思っていた。でも、自分でデザインやコードを書くようになった今なら、少しだけわかる気がする。その迷い線や切り貼りの跡にこそ、「どうすればもっと伝わるだろう」「誰かが喜んでくれるだろうか」という、相手を想う体温が宿っているんだよね。僕の画面にある不格好な緑色のメモも、あの時の父の鉛筆の跡や、母のプリントと同じように、誰かのことを想像して揺れ動いた感情そのものなんだと思う。それを消して「完成」させてしまうことは、その時に抱いていた熱量や、相手を想う優しい迷いまで一緒に手放してしまうような気がして、少し寂しく感じたのかもしれない。

途中のままで置いておく、という選択

結局、僕はそのファイルを書き直すことなく、そっと閉じることにした。いつか気が向いたら最後まで仕上げるかもしれないし、このまま永遠に未完成のままかもしれない。でも、それでいいような気がしている。世の中には、白黒つけて綺麗に終わらせるべきこともたくさんあるし、仕事であれば当然、期限までに完璧なものを納品しなければならない。けれど、自分だけの個人的な領域においては、あえて途中のまま置いておくことで、救われる感情もあるんじゃないかな。未完成であることは、決して失敗や放棄ではなく、可能性をそのまま残しておくという一つの選択肢なんだと思う。

未完成のままそこにあるからこそ、ふとした瞬間にファイルを開いて、「あの時の自分はこんな風に悩んでいたんだな」と、昔の自分と静かに対話できる。それはまるで、読みかけの小説に挟んだままになっている栞のようなものかもしれない。物語の結末を知らないからこそ、その本を開くたびに、いつでもあの時のわくわくした気持ちや、登場人物に感情移入していた瞬間に戻ることができるように。僕のコードに残された緑色のメモも、過去の僕が未来の僕に向けて挟んでおいた、小さな栞なのかもしれない。

窓の外では、遠くの方でかすかに車のエンジン音が響いては消えていく。深夜の静寂の中で、パソコンのファンの音だけが単調なリズムを刻んでいた。完璧に整えられたものばかりに囲まれるよりも、少しだけ迷いや未完成な部分を残しておくほうが、僕には合っているのかもしれない。すべてを完璧にしなくてもいい。迷った跡も、悩んだプロセスも、全部ひっくるめて自分の一部なんだと思えたら、なんだか少しだけ肩の力が抜けた気がした。冷え切った麦茶のグラスを傾けながら、そんな風に考えた夏の夜。明日もまた、誰かのことを想像しながら、少しずつ線を引いたり、言葉を紡いだりしていこうと思う。完成を目指す過程で生まれる、不格好で温かい迷いも一緒に、大切に抱えながら。

ゆうと

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ゆうと

ユーモアを持ちながらクールな面ももつキャラクター。優しい性格で、共感力が高い。

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