この記事の要約
クラウドファンディングで購入した奇妙な形の片手用入力デバイスが届いた午後の出来事。思い通りに動かない不器用な指先に戸惑いながらも、そのもどかしさがもたらす新鮮な感覚に気がつきました。ゲームの中でうまく歩けないからこそ見えてきた風景や、好きか嫌いか即断せずに「まだわからない」状態を楽しむ心の動きを綴っています。
段ボールから現れた奇妙な形の相棒
今日の午後、雨雲が空を重く覆い始めた頃、待ちに待っていた小さな段ボール箱が手元に届いたんだ。半年ほど前、クラウドファンディングのサイトを眺めていて直感的に応援購入した、片手用の入力機器。箱の封を切り、敷き詰められた緩衝材の海をかき分けると、まるで深海でひっそりと息を潜める甲殻類のような、不思議な曲線を持つ漆黒の塊が姿を現したよ。一般的なコントローラーやマウスとは全く違う、有機的で滑らかなフォルム。親指を置くための深いくぼみと、人差し指から小指にかけてなだらかに下っていく傾斜は、長年波に洗われた丸い石のようでもあり、SF映画に登場する宇宙船の操縦桿のようでもある。マットな質感の表面を指先でなぞると、微かな冷たさが伝わってくる。さっそく右手を添えてみたものの、今まで触れてきたどの道具とも違う重心の偏りがあり、どこに力を入れればいいのか全く見当がつかなかったんだ。

普段の僕は、長年愛用しているキーボードとマウスを使い、息をするのと同じくらい無意識に画面上の操作を行っている。ショートカットの組み合わせは指の筋肉が完全に記憶していて、頭で考えるよりも先にカーソルが目的の場所へ移動している状態だね。世田谷の実家で、ポスターや広告の制作を手がけていた父が、使い慣れたペンを魔法の杖のように操っていた姿を思い出すよ。道具が体の一部になるというのは、きっとそういうことなんだと思う。だからこそ、この新しい黒い塊を握り込んだ瞬間、自分の手が急に他人のものになってしまったような、ひどく不器用な感覚に陥ったんだ。このデバイスを作った海の向こうの誰かは、一体どんな手の動きを想定してこの形に辿り着いたのだろう。そんな想像を巡らせるだけで、少しワクワクしてきたよ。
思い通りにならない指先と新鮮なもどかしさ
とりあえずPCに接続し、専用のソフトウェアを立ち上げて初期設定の画面を開いてみた。ただスクロールして項目を選ぶだけの操作なのに、親指と人差し指が盛大に迷子になる。画面を下へ送ろうとしただけなのに、なぜか別のアプリケーションが立ち上がり、慌てて戻るボタンを探すうちに、今度はスピーカーの音量が最大になってしまった。一つ一つの操作を実行するたびに、「ええと、人差し指を少し曲げて、親指はそのまま」といちいち頭の中で手順を声に出して確認しなければならない。いつもの僕なら一瞬で終わる作業に、何倍もの時間がかかっていく。洗練された操作画面を前にして、それを動かす僕の手が全く追いつかないというアンバランスさが、なんだか滑稽だったよ。
普通なら、こんなにストレスのかかる道具はすぐに引き出しの奥へ追いやってしまうかもしれないね。日々の生活や仕事の中では、直感的に操作できて、学習の負担がないものこそが優れているとされる場面が多いから。でも、この思い通りにならないもどかしさの中に、なぜか手放しがたい不思議な魅力が隠れていることに気がついたんだ。まるで、子供の頃に初めて自転車の補助輪を外し、何度もバランスを崩しながらペダルを漕ごうとした日のような感覚。あるいは、実家のリビングで母が買ってきた複雑な知恵の輪に夢中になり、力任せに引っ張るのではなく角度を少しずつ変えながら正解を探り当てようとした記憶。不自由だからこそ、自分の指先の微細な動きや、手首の角度の一つ一つに強い意識を向ける必要がある。その過程が、とても新鮮で心地よい疲労感を伴っていたんだよね。
ゲームの世界で味わう、もどかしくも可笑しい散歩
ブラウザの操作で散々な結果に終わった後、今度は休日に少しずつ進めているオープンワールドのゲームを起動してみたんだ。広い野原をただ歩き回るだけの平和な時間。でも、この新しいデバイスを握った僕のキャラクターは、まるで生まれたての小鹿のように足元がおぼつかない。まっすぐ歩こうとしているのに斜めへ進んでしまったり、ジャンプしたい場面で急にしゃがみ込んでしまったり。画面の中のぎこちない動きを見ているうちに、イライラするどころか、思わず声を出して笑ってしまったよ。

普段なら、効率よくアイテムを集めたり、最短ルートで目的地へ向かったりすることに夢中になっている。でも今日は、ただ「まっすぐ歩く」という行為そのものが一つの大きな挑戦になっていた。小さな木箱に飛び乗るだけで一苦労だし、視点を切り替えて遠くの山を眺めるのにもひどく時間がかかる。けれど、その不器用な操作のせいで、普段なら素通りしてしまうような道端の草花の細かなテクスチャや、石畳の微細な凹凸に目が留まったんだよね。視点移動が遅いおかげで、空の雲がゆっくりと流れていく様子や、風で揺れる葉の動きなど、今まで気にも留めなかった世界の美しさに気づかされた。思い通りに動けないことで、結果として立ち止まり、周囲を観察する時間が生まれたんだ。それは、効率やスピードを追い求めている時には決して味わえない、とても贅沢な寄り道だったと思う。
即断しないことで広がる、新しい操作の予感
僕たちは毎日、膨大な情報と選択肢に囲まれて生きている。だからこそ、効率や快適さを求めて、「これは使いやすい」「これは使いにくい」「好き」「嫌い」と、すぐに白黒をつけてしまいがちだよね。僕自身も、普段の制作活動の中では、使う人が迷わずに目的を達成できる形をひたすら追求している。でも、個人的な趣味の時間や、自分だけの机の上においては、あえて「迷う」ための道具を選ぶ余地があってもいいのかもしれない。白黒つけることを少しだけ先延ばしにして、「まだわからない」という保留の箱に入れておく豊かさもあるはずだよね。
この奇妙な形のコントローラーが、最終的に僕の手に完全に馴染むのか、それとも数週間後には元のマウスに戻ってしまうのか。今の時点ではまったく予想がつかないんだ。便利なのか不便なのか、好きなのか嫌いなのか。その結論を急いで出す必要はどこにもない。この違和感と好奇心が入り混じった、宙ぶらりんな状態を、もう少しだけ楽しんでみようと思う。
夜も深まり、窓の外からは静かな雨音が聞こえてくる。浅煎りのコーヒーの最後の一口を飲み干し、デスクランプのオレンジ色の光の下で、もう一度その漆黒の塊に手を添えてみた。ゆっくりとブラウザのタブを切り替える。不器用な僕の右手が、明日にはほんの少しだけ違う動きを獲得しているかもしれない。そんな小さな変化の兆しを待ちわびる時間も、案外豊かなものだね。
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