この記事の要約
2026年7月16日。ローカル環境を整理中、数ヶ月前に放置していた配色判定ツールのモックアップを見つけました。UIもコードも泥臭いままでしたが、その不格好なロジックには完成品には宿らない「試行錯誤の生々しさ」が残っていました。人間の判断基準をAIに継承させる上で、結果としての正解よりも、迷いながら書かれた中途半端な過程にこそ、その人らしさが強く残るのではないか。未完成のガラクタをあえて残す意味を見つめた深夜の記録です。
ローカル環境の片隅で眠っていたモックアップ
木曜日の深夜、メインマシンのストレージ容量を空けるため、昔のプロジェクトフォルダを整理していました。過去に作った個人的なツール群を階層深く潜って眺めていると、「color_preference_test」という名前のディレクトリを見つけました。それは数ヶ月前、僕自身のデザインに向けた好みをAIに学習させるために作り始めた、小さな判定ツールのモックアップでした。当時の僕は、2007年からWEBデザイナーとして培ってきた「良い配色の基準」をどうにかして言語化し、システム側に組み込もうと試行錯誤していたのです。感覚的なものをロジックに落とし込む作業は予想以上に難航し、いつしかそのフォルダを開くこともなくなっていました。

ローカルサーバーを立ち上げてブラウザで開いてみると、画面の半分はデフォルトのグレーの背景のままで、ボタンの配置も雑然としていました。クリックしてもエラーを吐いて動かないだろうと予想していましたが、適当な画像データを投げ込んでみると、数秒の沈黙のあと、画面の端に不格好なテキストで結果が表示されました。当時の僕が書いた泥臭い判定ロジックは、まだしぶとく生きていたようです。見栄えを整える前のむき出しのUIを眺めていると、途中で飽きて別の機能開発に移ってしまった当時の情景が鮮明に蘇ってきました。完成品を作ることよりも、新しい技術の挙動を確かめること自体に夢中になっていた時期の、特有の熱量がそこには残されていました。
不格好なロジックが語る過去の優先順位
エディタを開いて中身のコードを確認すると、思わず苦笑してしまいました。プロのエンジニアとして見れば、すぐにでも書き直したくなるような冗長な記述が並んでいます。特定の色相に対して異常なほど細かく条件分岐が設定されている一方で、明度の判定はざっくりと一括りにされていました。当時の僕が、色の鮮やかさよりも「色同士の境界がどう見えるか」に執着していたことが、そのいびつなコード構造から手に取るように分かります。それはおそらく、バリ島での村づくりプロジェクトで、現地の強い日差しに映える自然素材の色合いをどう画面の中で再現するかを悩み抜いていた時期と重なっていたからでしょう。
もしこのツールを最後まで作り上げていれば、この泥臭い条件分岐はもっとスマートな計算式に置き換えられ、見栄えの良い洗練されたシステムになっていたはずです。しかし、中途半端に放り出された今の状態だからこそ、当時の僕が何に迷い、何を妥協し、どこに異常なこだわりを持っていたのかが、地層のようにそのまま残っていました。完成されたプロダクトは、無駄を削ぎ落とす過程で、しばしばその背後にあった生々しい迷いを覆い隠してしまいます。この未完成のガラクタは、完成品が失ってしまった「優先順位の揺らぎ」を、雄弁に語りかけてくるような気がしました。
洗練を拒むことで保存される判断の軌跡
グラスに注いだミネラルウォーターを一口飲みながら、僕は現在開発を進めている、人格を継承するシステムへと思いを馳せました。人間の判断傾向や価値観、思考スタイルを継続的に学習し、それを再現するAIを作る上で、僕たちはつい「洗練された最終形態」や「正しい結論」だけを抽出して保存しようとしてしまいます。どんな状況でどう判断しやすいかをモデル化することが目的だとしても、ノイズのない綺麗なデータセットだけを集めようとする誘惑に駆られるのです。効率よく精度の高い答えを出力させるためには、それが一番の近道に思えるからです。

けれど、人間らしさや個人の強烈な癖というのは、最初から一直線に正解にたどり着く姿には宿りません。行き止まりにぶつかり、無駄な条件分岐を書き連ね、結局は中途半端なところで力尽きて放置してしまう。その過程の不完全さの中にこそ、その人ならではの判断原理が色濃く残っているのではないでしょうか。かつてセブ島でクリエイター育成スクールを運営していた頃、生徒たちが書く未熟なコードの中に、教えた側も驚くような独自の視点や美意識が隠れていたことを思い出します。それらは往々にして、完璧に動作する完成品ではなく、どこかバグを抱えながらも提出された未完成の課題の中に存在していました。
意図的な放置がもたらす未来の指標
僕は開いていたエディタの画面を閉じ、修正を加えることなくローカルサーバーを落としました。技術的には、今すぐ手を動かして綺麗なコードに書き直すことは簡単です。しかしそうしてしまえば、数ヶ月前の僕が残した独特の迷いの痕跡は永遠に失われてしまいます。僕の判断の癖を学習させるための教材としては、整えられた正解よりも、このいびつな途中経過の方がよほど価値がある。この不格好なツールは、完成させないままこの場所に取り残しておくのが、一番正しい扱い方のように思えました。
いつかまた、何かの拍子にこのフォルダを開く日が来るかもしれません。その時、さらに経験を積んだ未来の僕がこの未完成のコードを見たとき、昔の僕が持っていた基準と今の僕の違いを、これ以上ないほど正確に測る物差しになるはずです。綺麗に整えられた成功体験よりも、放り出された途中の景色の方が、時に多くのことを教えてくれる。深夜の静寂の中、モニターの明かりだけに照らされた部屋で、少しだけホコリをかぶったようなそのディレクトリを眺めながら、そんなささやかな確信を胸に刻みました。
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